■遠征
日大は大きく学部がいたるところに離れてある。 近くは隣に歯学部があり、神田三崎町には法経2学部があり、江古田には芸術学部、三軒茶屋には農獣医学部、世田谷には文理学部、福島県郡山には工学部、千葉県習志野市には生産工学部、それに静岡県三島にもある。後は・・・ごめん忘れた。
法経2学部や江古田の芸術学部へは遠征と言えないが、工学部は遠征といってよいだろう。 工学部は福島県と遠くは慣れているため、再三体育会系のスト破りに襲われ何度もストを破られた。
これも何時だった全く覚えていないがバリケードの奪還に全共闘で遠征をする事になった。汽車代をカンパで集めた記憶がある。 この遠征には私は行かなかったが、帰ってきた仲間に色々聴いた話を書く。
上野から夜行列車にのって出発した。 集団が集団だけに遠征隊の車両に一般客は近づかなかったらしい。 殆ど車両を占拠状態で郡山まで行った。
郡山に着いたのは未明、ほとんど人気のない駅に降り立ち校舎まで川の土手のようなところを行進して行った。 地方都市で異様な集団が黙々と進む様は殆ど「やくざの出入り」に近かったのではと思っている。
ここでも全共闘の恐ろしさは知れ渡っていたのか、スト破りは逃げ出し殆ど勝負にはならなかったそうだ。 その様は地元紙のトップに報じられたらしい。
彼らは意気揚々と東京に戻ってきた。 もう一つ、理工学部からは参加しなかったが、京大か同志社の闘争支援(?)という事で京都まで遠征した学部がある、何学部かは忘れたが。
ブントの本場京都に日大全共闘参上、かなりセンセーショナルだったと思う。 この時も地元の機動隊は殆ど寄り付かなかったそうだ。 この1件で、ここに書く詳しい情報を持ち合わせてないのは残念だ。
京都遠征については「文闘委」のホームページに詳しい報告があったので、 ここに勝手にリンクを張らせてもらった。
文闘委ホームページ
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